💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝フィノ監督は興奮しながら、サイドラインのベンチから立ち上がった。
「みんながジュニーニョ(ネイマール)に夢中だ」大きく響く歓声に負けない声で、ベッチーニョが監督に話しかける。
「切り返し、体のひねり方、ドリブルの緩急……」フィノ監督は、呟くように言った。「ボールを絶対に足元から離さない。ほんとにすごい少年だ!」
「優雅なダンスのようだろう?」とベッチーニョ。
「あの子に教えてやることは何もない」監督は言った。
「じゃあ、私からひとつアドバイスを。ジュニーニョのプレースタイルに口をはさむな」ベッチーニョは言った。
「君の言う通りだな。あの子は天才だ。知っての通り、私は天才じゃない」
ベッチーニョは肩をゆすって笑った。〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝テレビ局のスタッフがカメラをかまえる。ブリオーザのコートにライトが当てられた。サンパウロ州チャンピオンシップのテレビ中継の準備だ。まだ無名だったネイマール・ジュニアは、新しいヘアースタイルで登場した。横を刈り上げ、ふさふさした前髪をつんと立てて、コックの帽子のような髪型だ。
ジュニーニョ(ネイマール)は、ディフェンダーの壁をすり抜ける、すさまじいシュートを放った。ゴールキーパーからボールが見えないタイミングを見計らった絶妙なシュートだ。
コートに集まった観客がどっとわいた。フィノ監督は飛び上がって、ベッチーニョに抱きついた。観戦に来ていたロバート神父も飛びはねて喜ぶ。
パイ(ネイマールの父)とナジーネ(ネイマールの母)は試合中ずっと立ちっぱなしで、次々にゴールを決める息子に見とれていた。
「あの子がボールに触ると、優雅なダンスを見ているようです!」テレビのコメンテーターがマイクに向かって大声で話している。
そばにいたベッチーニョには、天才少年を褒めたたえる言葉が、全て聞こえた。
試合前、ジュニーニョが小走りでピッチに立った時、テレビカメラは他の少年達に向けられていたが、試合終了後、ジュニーニョがピッチから出る時には、全てのカメラがジュニーニョに向けられた。チームは決勝で敗れ、準優勝だったが、その日、ブリオーザのピッチに立ったネイマール・ジュニアは一気に有名になった。〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝「父さん?」
「どうした?」
いつかプライア・グランデに家を建てるよ。サッカーができる家だ。電気も消えたりしない。」
「それはいい考えだ」
「父さん?」
「ん?」
「僕、サッカーが大好きなんだ」
「知ってる。父さんも大好きだ。またサッカーの話を聞きたいか?」
「うん!」
「昔ー」
パイ(ネイマールの父)は話し始めた。
「ヨーロッパやその他の国々のスタイルに合わせて、ブラジルのサッカーが変わってしまう以前、この国にはブラジル人にしかできないサッカーがあった。ペレがやっていたサッカーだ。ガリンシャ、ジーコ、ジジ、他にもブラジルのサッカーをする選手がたくさんいた。
ブラジル代表チーム、セレソンはブラジル人らしいサッカーをして、圧倒的な強さを誇っていた。ところが、ヨーロッパの国々と競い合うようになるにつれて、サッカーのスタイルが変わり始め、ブラジルらしさが失われていった。ブラジルサッカーの独特のステップを覚えているか?」
「ジンガ!」ジュニーニョはすぐに答えた。父親がしてくれるこの話は、何度聞いても飽きなかった。ジンガは、ダンスと格闘技が入り混じったようなブラジルの武術、カポエイラの基本ステップだ。アフリカ人奴隷からブラジル人に遊びとして伝わったという説もあるが、確かなことはわからない。遊びにみせかけた戦闘術だったという話だ。奴隷同士で喧嘩をする時、ダンスのように見せかけて、主人から処刑されないようにごまかしたのが始まりらしい。その後、サッカーがブラジルに伝わった時、カポエイラの動きがブラジル人にしみついていて、それが他の国々には見られないブラジルサッカーの独特のスタイルを生み出した。
「そう、ジンガだ」パイは言った。「今のセレソンにジンガのステップをふめる選手はいない。だが、このステップを忘れたら、それはもうブラジルのサッカーじゃない」
「僕は忘れないよ。父さんが教えてくれたから」ジュニーニョは言った。
「お前に見せてやったが、教えてはいない。あのステップは、ブラジル人の体に血となって流れているんだ。いつかセレソンでプレーする時のために、しっかりそのステップを身につけろ」
「うん、わかった」ジュニーニョは父親の首に腕を回して抱きつくと、耳元で囁いた。
「父さんの目をみろ」パイが言うと、ジュニーニョは父親の目をじっと見つめた。「いいか、お前はいつか必ずセレソンでプレーする」
ジュニーニョは嬉しそうに目を輝かせた。〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝ジュニーニョ(ネイマール)はグレメタルの建物を見上げた。夢みたいだ。
とにかくサッカーをするのが楽しくて、うまくなりたいとか、そういったことは考えなかった。
ブラジル人が夢中になるようなプレーをする。それが楽しくて仕方なかった。
サッカーが大好きで、楽しくサッカーをしたいという情熱があったからこそ、結果的にジュニーニョのプレースタイルは磨かれていった。
いいプレーをして、ゲームの中で存在感を示すジュニーニョだったが、それだけじゃないとベッチーニョはひそかに思っていた。
いつか、ジュニーニョがブラジルサッカーに自由奔放な独創性をとりもどしてくれる。
この数年、ブラジルサッカーから独創性が失われつつあるとベッチーニョは心配していた。
何度もその話をするたび、パイ(ネイマールの父)も確かにそうだと頷いた。〟