💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝九月、カンピオナート・ブラジレイロ(ブラジル全国選手権)のアトレチコ・ゴイアニエンセ戦、当然自分がけるものだと思っていたペナルティーキックを監督の指示でけらせてもらえず、ネイマールは激怒した。試合終了後にキャプテンや監督につっかかり、この事件が新聞の記事になる。各紙がネイマールを〝ネイモンスター〟とよんで非難した。その日、ピッチをあとにすると、母親がロッカールームの前で待っていた。
「そんな子に育てた覚えはないわ」母親に言われ、ネイマールは顔を赤くした。あのときのネイマールは自分を見失っていた。
「母さん、ごめん。僕がまちがってた」ネイマールは言った。
「そう、悪いのはおまえよ。あやまってきなさい」ナジーネはきっぱり言った。
ネイマールはロッカールームに入り、チームメイトにあやまった。すると、ドリヴァウ・ジュニオール監督に呼び出された。
「数ヶ月前、誰もおまえの名前を知らなかった。それが今や、みんながおまえのことを知りたがっている。そういう時期がどんな感じか、私も知っているし、今のおまえの気持ちもよくわかる。だが、おまえが集中しなければならないのは、試合だ。名声じゃない。断言はできないが、おまえならそれができるだろう。ヒーローからゼロに転落するのは簡単だ。おまえの仕事はサッカーに集中することであって、怒りをあらわにすることじゃない。次の二試合は、おまえを使わない」監督は背を向けて、歩き去った。
「はい」当然の処分だ、とネイマールは心の中でつぶやいた。〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝2010年の1月、選手権が開幕し、ネイマールとアンドレ・フェリペ・リベイロ・デ・ソウザのふたりがピッチに歩き出すと、観客がげらげら笑い出し、声援と口笛でスタンドがどよめいた。
ふたりともおそろいのモヒカンヘアだ。
ふたりはサイドラインに立って、観客からの拍手と声援をあびた。
「まあでも、俺はその変な髪型に慣れてきたよ」ロビーニョが自分の頭を触ってから、ネイマールの髪をくしゃくしゃっとなでた。「それにしても、ばかなことを考えたな」
「ちょっと目立ちたくてさ」ネイマールが冗談めかして言いながら、四人はポジションについた。
「目立ちたい?」とロビーニョ。「いいか、お前ならすぐにヘリコプターでスタジアムに来るくらいになれるよ」
ロビーニョは何となくそう言っただけだったが、カンピオナート・パウリスタ(サンパウロ州選手権)が開幕して三ヶ月で、ネイマールは14ゴールを決めた。カンピオナート・パウリスタ、別名パウリスタンは、サンパウロ州のプロサッカーリーグだ。ネイマールはめざましい活躍をみせ、たった三ヶ月でサポーターのヒーローになった。
ところが、その全てが砕け散った。〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝2009年3月7日、ネイマールは試合にでられるのかもわからないままベンチに座っていた。
一週間くらい前、サントスFCはネイマールをトップチームに昇格させた。
「自分を信じろ」監督は言った。「ゴールを決めてこい」
ネイマールは頷いた。ピッチに立つと、スタンドがどよめいて地震のようにゆれ、サポーターが何度もネイマールの名前を叫んだ。
サントスFCの白と黒のストライプのユニフォーム、背番号18。ついにこの瞬間が来た。ピッチに立ってすぐ、ネイマールはボールを受けた。相手ゴールに向かって攻め上がりシュートを放ったが、ゴールポストにはねかえされた。
スコアはまだ0対0。
だがネイマールの投入でチャンスが生まれ、サントスFCは何とかゴールをこじあけ、2対1で勝利した。ネイマールはきっちり仕事を果たした。試合終了後にピッチから出るとき、サポーターが総立ちでネイマールに声援を送った。新しいスターのデビュー戦をサポーターはその目に焼き付けた。
8日後の2009年3月15日、ネイマールにまたピッチに立つチャンスがまわってきた。相手はモジ・ミリンEC、ふたたびパカエンブー・スタジアムだ。この試合での背番号は7番だった。
マウリシオがハーフウェイラインまで攻め上がり、ジェルマーノにパス。左サイドにドリブルしたジェルマーノからパスを受けた、トリギーニョが鋭いセンタリングを上げた。マークの激しいディフェンダーを振り切って、ネイマールのダイビングヘッドでゴール!3対0!
サントスでの初ゴールだ!ネイマールは嬉しそうに走りながら、人差し指を天に向け、尊敬するおじいちゃんにゴールを捧げた。初ゴールはおじいちゃんに、と父親と約束していた。ネイマールは飛びはねて、拳を突き上げた。
ガンソに駆け寄って、ネイマールは満面の笑みで抱きついた。
「サントスFCの少年が輝いています!」テレビ中継のアナウンサーがマイクに向かって絶叫する。「歴史的ゴールです!今日は、ブラジルサッカーにとって歴史的な一日となりました!」〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝会長は咳払いをした。パイ(ネイマールの父)の言いたいことはよくわかった。
「ネイマールは私にとって息子のようなものだ。いや、クラブにとってもな。私は、自分の息子にはあらゆる手を尽くす」すでにチェルシーもネイマール獲得に動き出しているという情報をつかんでいて、この困った事態を封じ込める必要があった。
ネイマールとパイがブラジルに帰国すると、ふたつのことが起こった。サントスFCは未来のスターを手放さないようにアンダー15のチームを新たに作り、ネイマールとの契約を更新した。五年契約で百二十万レアル(約五千二百万)、違約金は四千五百万レアル(約二十億円)。ネイマールはわずかひと晩で大金を手に入れた。〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝ロバート神父に言われた通り、ネイマールはその日の出来事を振り返った。誰かを傷つけてしまった時は、その人のために祈りを捧げて、どうやってお詫びをするか考える。ところが、その日はパイ(ネイマールの父)がひとりで話を続けた。
「クラブのみんながお前を気に入ってる」パイは言った。
「違う。僕のプレーが好きなだけだよ」
「そうだな」パイは言って微笑んだ。「だが、よく聞いてほしい。レアル・マドリードはお前を欲しがってる。クラブの私立学校にお前を入学させるとも言ってきた。ラファエラ(ネイマールの妹)も入学できる」
「もう私立の学校には通ってるよ」ネイマールは言って、父親の目を見つめた。父親の目を見れば気持ちが落ち着いて、答えが見つかる。
「その顔を見れば、気持ちはよくわかる」
「父さんはいつも僕に正直に話せって言ってるだろう?」
「ありのままを、本心だけを話せばいい」パイは答えた。
「母さんとラファエラに会いたい。チームメイトにも。サントスが恋しい」
パイはじっと息子を見つめてから、こくりと頷いた。
「父さんも母さん達が恋しい」パイは息子に打ち明けた。パイも妻が恋しかった。息子と同じで、この町で暮らしていける自信はなかった。難しい決断だが、答えを出さないといけない。十四歳の息子が、内心ふさぎこんでいるのはよくわかっている。いつものジュニーニョ(ネイマール)じゃない。笑顔も見せない。世界有数のビッグクラブに入ることは、息子の幸せにとって必ずしも重要なことではない。サントスを離れ、一家でスペインに引っ越すのは早すぎるような気がした。息子は優れたプレーヤーだ。本人がリラックスできる環境で成長させた方がいい。息子が楽しめる環境で。もっと大きくなれば、ヨーロッパでプレーする時期とクラブを本人が決めるはずだ。
ぐっすり眠るジュニーニョをパイは見つめた。息子を心から愛している。そう思うと、すぐに自分のするべきことが頭に浮かんだ。
パイはブラジルにいる息子の代理人、リベイロに電話をかけた。
「ワグネル、息子は幼すぎる。もっと大人になってからでいい。ジュニーニョにとっていちばんの環境はブラジルだ。サントスでプレーする」
「かえって都合がいいかもな。今より成長すれば、ジュニーニョを獲得するためなら、レアルはいくらでも払うはずだ」〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝「父さん、今日はサボっていい?」
「サボる?」パイ(ネイマールの父)が息子のところに歩いてくる。「どういうことだ?」
「みんなと練習したい」ネイマールは言った。「長い間、部活に顔を出してないから」
パイは立ち止まって、フットサルコートを眺めた。部活の生徒達が準備運動をやめて、二人の会話にじっと耳を傾けている。パイはすぐに気付いた。みんなが息子と一緒に練習をしたがっているようだ。ネイマールもその時はっきり思った。みんなと練習したい。
「そうだな、父さんも大賛成だ」ようやくパイが答えた。
コートにいる部員達から歓声が上がり、体育館中に鳴り響いた。
ネイマールが一気にスタンドを駆け下りてコートに立つと、チームメイトが早速集まってきた。
「よし、じゃあ、〝シャポー〟って技を知らない人?」
殆どの生徒が手を挙げた。
練習試合が始まった。ドゥドゥとネイマールがそれぞれのチームのキャプテンだ。動き出した途端、ネイマールは二人にマークされたが、どうにかパスをもらうと、ゴールに向かって走った。ディフェンダーが必死に止めようと立ちはだかった時、ネイマールはちょんとボールを浮かせた。ボールがディフェンダーの頭上を越え、ネイマールは相手の横を走り抜けて、ボールを足元におさめた。
「今のがシャポー!」ネイマールは大声で言った。
ドゥドゥは楽しそうに笑った。あんなすごい技を使われたら、止められるわけがない。ネイマールはそれをあっさりやってのけた。
ゴールキーパーが飛び出したが、股の間にきれいにボールを通されて、何もできないままゴールを決められた。
「今のがカネータ!」ネイマールが声を上げる。「股ぬきシュートだ!」
ほとんどの少年が思わず立ち止まって、スーパースターのプレーに見とれた。
「集中しろ!」フスキーニ先生がサイドラインぎわで声を張り上げる。
「先生、仕方ないだろう!」ひとりの生徒が言った。ドゥドゥにしつこくマークされながら、その生徒がネイマールにパスを出す。
「凄すぎる!」別の生徒が声を上げた。
練習が終わると、全員が集まって、ネイマールを取り囲んだ。
「練習に付き合ってくれてありがとな」ドゥドゥが言うと、他の少年達も頷いた。
「今日はセレソンでプレーしてるみたいだった。ほんとは俺たちとも練習がしたいんだろうなって、みんなでずっと考えてたんだ」
ネイマールは白い歯を見せて笑いながら、全員と握手した。
「楽しかった。みんなにこれだけは言っておきたいんだ。僕はみんなと同じフットサル部の部員にすぎないから。それを忘れないで」小さい時、ストリートサッカーをして走り回っていたころから、いつも父親に言われていたことだ。「ピッチに立てば、みんな対等だ。全員、目標は同じ。そうだろう?」
「試合に勝つこと!」ドゥドゥが大声で言うと、全員が歓声を上げた。〟
💗『ネイマール-ピッチでくりだす魔法』より
〝「まだ連れて行ったりはしないよ。ちょっとプレーを見たかっただけだ」
「誰の?」ベッチーニョはとぼけた顔でたずねた。
「君のチームで、次のビッグスターになる少年があの子の他にいるか?」
ベッチーニョは大切な息子を眺めるような目でジュニーニョ(ネイマール)を見つめた。自慢の教え子だ。こんなに誇らしい思いをしたのは、ロビーニョがスターの座に駆け上がった時以来だ。息子を探しに行った砂浜で、たまたまジュニーニョを見かけたあの日に感じた自分の直感は正しかった。あの日、ジュニーニョに出会った。自分が見出した。その少年が今ここにいる。ジュニーニョがブラジルのファンから“ネイマール”と声援をあびている。近いうち、世界中の人を魅了する名プレーヤーになるはずだ。〟